社会人、はじめます。

 こんにちは!

 

ついに明日、4月1日がやってきますね!

 

今まで長い間学生時代を過ごしてきた私も明日には社会人。

 

卒業式が終わったり、スーツを新しく購入したり。

学生時代の終わりと次の新しいスタートを徐々に感じてはいるものの、明日には社会人というのはまだ信じられません。

 

この私が社会人??っていう。

 

中身はまだまだ甘ったれた学生気分なのに、時間が経って「2021年4月1日」という日がやってきただけで、私は社会人になってしまうんだっていうのがなんだか不思議で現実味がないです。こんなことを考えてたら、数週間前は不安が結構強くて。

 

でも今はなんでか楽しみ・わくわくの方が強くて、かなり前向きです!

 

大概の人は学生気分のまま社会に放り出されるもん。最初は知識がないのも経験がないのもそりゃそう!当たり前!しゃーない!笑

以前の記事で書いた課題の分離でいうと、これは自分の課題じゃないですもんねー

 

数年働いた後に全然十分な知識もスキルも付いてないことを考えたらその方が恐怖だし、それに比べたら今は大したことないかー。とか。

 

まあそうは考えても不安や心配はゼロではなく、実のところは言い聞かせに近いんですが。笑

 

学生から社会人というのを考えるとこれまでで一番大きな節目なのですが、思い返してみると、

「この私が中学生に?」

「この私が高校生に?」

「この私が大学生に?」

これまでも節目のたびに思ってたなーとか思うと今回も乗り越えれそうな気がします。笑

 

あと、他にも気持ちが前向きになった要因が2つあって。

 

1つは、すでに働いていらっしゃる部活の先輩やバイト先の先輩の方にたくさん社会人の話を聞きました!楽しいこともしんどいことも!(でも一応楽しいことメインで。笑)

 

もう1つは、周りの友達を見ていたり話していたりして気持ちが変わってきました!

それぞれ会社の研修行ったり、事前課題してたり、引っ越し準備をしてたり。

 

自分のことだけ考えてると不安要素が積もっていくんですが、新しいスタートに向けて前に進んでいる身近な人を見ると、「私も頑張ろう!」ってなりました!

一緒に頑張れる存在って大事だなーって改めて感じました。

 

どうせ働くなら楽しく働きたいなって思います!

それで、行き詰まってしまったらとりあえず目の前のことを頑張って、嫌になるくらいの辛いことがあったら笑いのネタにして、乗り越えていこーーーって思ってます!

(↑この辺りは今までの記事参照!)

 

今までひとつでも記事を読んでくださった方、ありがとうございました!しばらくはブログの更新もなくなるかと思います。もしかしたらめちゃくちゃ仕事に追われて、はてなブログの存在を忘れて一生このアカウントは動かないかもしれません。もしかしたら、何かの拍子に思い出して、更新再開してまた語り出すかもしれません。

今の時点ではわかりません。これは未来の私に託したいと思います。笑

 

それではみなさん、一緒に新生活頑張っていきましょう!

お元気で👋

 

momoco

多くの人がやっているようでやっていない、行き詰まった時にすべきたった2つのこと

こんにちは!momocoです。

 

いつもは自分の考えをつらつらと述べる感じですが、今回は違います。私ではなく私のゼミの教授についてです。以前書いた「人生の辛いことを乗り越えるための思考法」と少し似ているかもしれません。

 

(文章の読みやすさのためにここではY教授とします。)

 

目次

 

はじめに

Y教授は私が尊敬する数少ない社会人のうちの1人です。大学の中で言うと、唯一尊敬する教授です。

 

アメリカ文学が専門の方で、専門分野に関する知識はもちろん豊富です。でも何より私の尊敬するポイントは人間性です。

 

私の大学は講義(一方的に教授がずっと喋り続ける)授業が多いのですが、Y教授の授業ではディスカッションがメインです。

 

すごいなと思うのは、教授と学生という上下関係を考えていないところ。(大学の教授に限らず、この上下関係が存在するのはあるあるだと思います。)

学生の意見をちゃんと受けとめるところ。学生の声を謙虚に聞く姿勢。自身が気づかなかったことなど優れた指摘に対して素直に尊敬の意を表せること。学生の意見が不十分であっても、否定やマイナスな感想で押し返したりしない。不十分であることを率直に指摘した上で、「具体的にどの部分が不十分なのか」「より良い意見にするにはどういうことに着目して考えれば良いのか」を返答してくれるところ。

 

私自身の経験と周りの友達の話では、大学の教授で学生(授業の受講生もゼミ生も)と授業外で関わりがある方は多くないと思います。一方、Y教授は受講生とのコミュニケーションに積極的な上に、ゼミ生と個人・グループLINEでコミュニケーションを頻繁に取ってくれます。ゼミや大学のことだけじゃなく、恋愛相談や人生相談をしているゼミ生も少なくありません。

 

私も例外ではありません。笑

ゼミに入る前も毎週と言っていいほど授業終わりに授業で取り扱った作品やフィードバックをもらいに行ってましたし、ゼミに入ってからはありがたいことに恋愛・人生相談にものってもらってます。笑

 

もうすぐY教授のゼミは20代目になるのですが、今でも昔の卒業生と飲みに行ったり連絡を取ったりすることがあるそうです。人との繋がりを大事にし、そしてたくさんの人に慕われているのを見て、ふと「この人がこの世を去る時、たくさんの人に囲まれて、感謝の言葉や思い出話でいっぱいなんだろうなあ」なんてことを思いました。(なんだか不謹慎な表現ですみません、、笑 人間性の高い人は多くの人に囲まれてるなあってことが言いたかったです。)

 

行き詰まった時にすべきたった2つのこと

前置きが長くなってしまいましたが、、

 

今回の記事で書く「たった2つのこと」とは、私含め学生が悩み相談をした時にいつもおっしゃるY教授の2つのアドバイスです。それは極めてシンプルなものです。

 

「とにかく文字に起こせ(=書け)」

「とにかく目の前のことをやれ」

です。

 

卒業論文の執筆の相談でも人生相談でも、Y教授は常にこの2つをおっしゃってました。

正直、真剣に悩んでいて何か具体的なアドバイスを求めている時に、この2つだけを言われても「そんなことはわざわざ言われなくてもわかってる」と感じます。

 

「いや、それはわかるんですけど、書き出して目の前のことをやってその後はどうすればいいんですか?私はそこを聞きたくて」

と言いましたが、教授からは

「いいから、とにかく頭の中の考えを書き出しなさい、今できることをしなさい。」だけでした。

この時の私はまだこの2つの重要さがわからず。同じことばかり繰り返し言われて、まるで「うっせえわ」状態でした。笑

 

 「その2つをしてから、来たかったらまた相談しに来なさい。」

と言われ、

「それらをやらない限り、他の助言くれないし…」

としゃーなしの気持ちで私は実践しました。

 

すると、です。書き出してみると頭の中がしっかり整理され、目の前のことをやってみると歯車が動き出したように状況が前に進み始めました。

 

無意識のうちに、頭の中でだけあれもこれも考え、先のことばかり考えて頭を抱え、動けなくなってしまってました。

 

具体的なエピソードについてはまた後ほど別の記事で書こうと思います。

 

ちなみにここからは少しだけ余談ですが、

今教授と私のやりとりを書いていると、ふと「夢をかなえるゾウ」という作品を思い出しました。私が小学生の頃に出版・ドラマ化していたものです。やはり文字に起こして書き出してみると、新しい発見があるものです。本もドラマも何回も繰り返し見たほど好きな作品です。気になった方はぜひチェックしてみてください。

 

さいごに

私が気づいたことは3つあります。

 

1つめは、自分の頭のキャパを過信しすぎてしまってたこと。 

自分が思っている程脳は多くのことを貯蓄しておけないし、理解してるつもりでも頭の中は全然整理できてないもの。改めてアウトプットの大切さを実感しました。

 

2つめは、先が見えない状況でも勇気を出して行動することのの大切さ。

私は特に考えることが好きなので、考えてから行動するということになりがちです。考えることも大事ですが、考えても考えてもどうしようもできない時はとりあえず動くことも大事。

 

3つめは、人の意見を素直に聞くこと。

たとえ半信半疑でも騙されたと思って少しでもやってみること。もし逆効果だったり自分に合わなかったりしたら、大抵のことはやってみてからやめても遅くありません。

思考がマイナスになっている時は余計に視野が狭まりがちなので、人の意見に耳を傾ける姿勢を心がけるのが大事。

 

具体的なエピソードはまた後ほどになりますが、もし今何か行き詰まってたら、やってみてくださいね。

 

では、この辺で。

 

momoco

言語化苦手な私がブログを始めようと思ったきっかけ。

みなさんこんにちは!momocoです。

 

はてなブログを始めてそろそろ1ヶ月が経とうとしています。

私がはてなブログを始めようと思った理由について、一番は「表現力を磨きたかったから」とさらっと触れたのですが、今回はそもそも表現力を磨きたいと思うようになったきっかけについて書いていきます!

 

目次

 

はじめに

以前も書いたことありますが、、

ブログを始めようと思った理由は2つ。ひとつめは自分の表現力を磨きたかったから、もうひとつは頭の中の考え事を発散したかったからです。

(一番最初の記事参照)

 

ブログを始めるという行動に直結する理由となったのは特に前者なのですが、今回はなぜそもそも自分の表現力を磨きたいと思ったのかということを深掘りして書いていきます!

 

私の表現力

謙遜は一切なく、私は表現力は人並みにも達してないほどだと思ってます。説明力とか言語化とか。

これは昔から自覚があり、いくつかそのエピソードもあるのでここで少し触れたいと思います。

 

まず大学時代の部活動(楽団)。 

大学2回生の秋から幹部の代となり、数ある役職の中で私は音楽面での指導者になりました。メインの仕事は合奏を仕切ることでした。音楽というのは特に言葉にするのが難しい分野。どういう音楽にしたいのか、どういう表現をするべきなのか。指示をするときに自分の言語化のできなさに直面しました。

 

歩いている時、通学で電車に乗っている時、お風呂に入る時、ベッドに入ってから眠りにつくまでの時間。この役職を務めている時期は24時間といっても過言でないほど部活動のことを考えて悩んでいました。今振り返ってみると、そんなにも悩んでいた根本的原因にあったのはこの「言語力のなさ」だったのだと思います。

 

また、指導者という立場ではなく、イチ先輩・イチ同期として学業やプライベートの相談に乗ることも多かったですが、その時はもっと苦労しました。なぜなら、相談に乗る側は多くは喋るべきじゃないので、相手に伝えたいことをより少ない言葉の中に込めないといけないからです。私の場合は、伝えたいことが一気に出てきた後に頭の中でごちゃごちゃしてしまったり、どういう言葉を選んだらいいんだろうということに悩んでしまったりしてました。

 

そして大学時代のインターン

インターン先は通信制高校。家庭事情や身体的・精神的事情を抱えている生徒が多くいました。ここであまり詳しくは書かないですが、私も似たような経験があり共感できる部分もあります。そこでのインターンでの目標は、自身の経験を活かして、悩みや気持ちを引き出してあげて、私だからこそ伝えれることを高校生に伝えたい。というものでした。しかし、です。ここまで記事を読んでくださってる読者の人はもうお分かりだと思います。圧倒的に表現力・言語力のない私にとってはモロ苦手分野でした。笑

結局目標は達成できず、不完全燃焼のままインターンは終わってしまいました。

 

そして小中高。

学校や塾での数学の授業の時です。数学は得意な方だったので早く理解できることが多かったですが、友達に説明するときにうまく伝えられませんでした。私が教えてる時は首かしげて話聞を聞いてる一方で、別の子が説明し始めると瞬時に理解し始める友達を見て、虚しくなってました。笑

友達の理解力よりも私の説明力に問題があるんだなーと小学生の私でも察しました。笑

 

小学生の頃にまでも遡ります。

小学生の頃から考えることが好きだったのですが、それをいざ人に伝えるとなると言葉がうまく出てこず、もどかしい思いをすることが何度もありました。今何がしたいのか、どういう気持ちなのか。

当時人見知りの私が唯一信頼できて心を開いていたお母さんにさえもうまくできませんでした。感情表現あんまりなくて、何考えてるんかわからんこと多いわーと何度も言われた記憶があります。笑(正確には、しないんじゃなくてできなかっただけなんですが。笑)

 

気持ちの変化

昔から自覚していたにも関わらず、克服しようという思いが湧くこともなく、克服するために何か行動することも全くありませんでした。

 

それは、私にはそういう才能がないから仕方ないかーと諦めていたからです。

 

表現力の有無の決め手は、話し手ではなく聞き手です。上記で書いたエピソードの全てに共通しますが、私はあくまで相手の反応を見て伝わっていたのであって、自分の中ではいつもめっちゃうまく説明できてるつもりでした。笑

自分でどこが不十分なのかという自覚まであれば改善することもできますが、そうではなかったので、諦めになってしまい、私は私でほかにできることがあるはずやからそれ見つけて頑張るか、みたいな気持ちでした。

  

しかし、ある人に出会ってから気持ちが一変しました。

彼と出会ったのは大学3回生の春でした。

 

彼はとても繊細な感性を持っていながら、かつ巧みに言葉は操る表現力を持っている人でした。

 

その人の話を聞いてると「あーわかる!私もそう思ってた!そういうことが言いたかったんだよねー!」といつも感じました。

彼の感性が働くものは、自然や人の温もりなど簡単に言葉では言い表せないものです。例えば、明るい空に浮かぶ月とか、日が落ちた後の暗闇の中に灯る光や静かに流れる川、とか。

 

個人的には彼がnoteを始める日を密かに待っています。笑

(何回か声かけても始めそうじゃないのであまり希望はないですが。笑)

 

感性と表現力を兼ねそなている人を目の前にして、尊敬と憧れの気持ちでいっぱいになりました。それに、自身の負けず嫌いな性格が重なって、自分もちょっとは努力して近づきたい!と思うようになりました。

 

これからの目標

思ってることをちゃんと言葉で人に伝えられるようになって、自分の好きな人と共感したいな、っていうのが最終的なゴールです

 

あと、4月からは社会人になるのですが、将来のキャリアステップのためにも今のブログへの挑戦が少しでも役に立てばいいなと思ってます。仕事はいわゆる営業っていうやつです。たくさんの人と話す機会も多く、自社のサービスの説明をするということが仕事の大半を占めているのではと思ってます。そういう実践を重ねていくことで、さらに苦手克服に繋がったらなーと考えてます。

 

最後に

私にはできない、私はそういうのができるタイプじゃない、と勝手に決めつけていました。実際にそうである可能性もありますが、自分で勝手に決めつけて限界決めて努力しないってよくないなってなりました。

 

しなかった後悔よりした後悔。

 

最初から決めつけて諦めてしまう前に、どうせなら一回やってみましょう

 

私もまだまだブログ更新頑張ります。

 

では、この辺で。

 

momoco

 

 

理想の老後の過ごし方

こんにちは。momocoです。

 

今回は以前私が見つけたある方のツイートを紹介しつつ、これまでと今の「こういう老後過ごしたいな~」という理想の変化について書いていきます!

 

 

目次

 

吉藤オリィさんについて

冒頭で話したある方というのは、吉藤オリィさんこと吉藤健太郎さんという方です。

 

オリィさんは自身の不登校の経験をきっかけに、「孤独の解消」をテーマにロボットの研究をされている方です。現在は株式会社オリイ研究所の代表取締役CEOをされています。私は約1年前にたまたま一度だけ講演会を聞く機会があり、この前ふと思い出してTwitterを見ているところある投稿が目にとまりました。

 

吉藤オリィさんのツイート

 

私がこの投稿に目が止まったのはオリィさんがこのツイートで投げかけている疑問がまさに私の心の中にもどこか漠然と存在していたからなのでは、と思います。

 

この投稿に返されている1000以上のリプを読み進めていけばいくほどとてもわくわくした感覚を今でも覚えてます!例えば、40代でフルマラソン完走だとか、35を過ぎてから法事で出てくる仕出し弁当が美味しく感じるだとか。

 

私の一番のお気に入りは、田舎のおばあちゃんのお話です。 

 

ここからは少し余談になりますが、、

 

私は今回のような投稿を見るのはとてもわくわくするのですが、若者のSNS投稿にはあんまりです。笑

見るのだけでなく自分が投稿するのにもほぼ興味がありません。TwitterInstagramなど媒体問わずです。

 

人からおしゃれと思われるような写真写りだとか人からの評価に考えが集中し過ぎて、自分自身が楽しむことが置き去りになってるような...「いいなあ」という印象もありますが、それよりもその奥にある承認欲求や自己顕示欲というのを強く感じてしまいます。

 

自分が可愛く撮れた写真やお洒落なご飯の写真にテンションは上がるのですが、そこからSNSで人に共有したいという感情はあまりありません。人から高く評価されることを追い求めてしまうより、自分自身がわくわくすることを純粋に楽しみたいなと思います。あと、その場に一緒にいる人とは気持ちを共有したいなって思います。

 

(誤解がないように補足ですが、決してSNS投稿が悪いということではなく、単に私自身の興味にははまらなかったということです!)

 

話が逸れてしまったので、戻しますね。

 

私の理想の老後-これまでと今の理想の変化-

今までは、老後は旦那さんと田舎の一軒家で基本的に家でまったりして、たまーに何かのレッスンに通ってお友達と遊んでゆったり暮らせたらいいなーってイメージでした。今でも田舎の一軒家のイメージは変わってませんが、お家でまったりというより旦那さんとどこかの島一周サイクリングとかしたいなっていうばりばりアクティブな余生に急転換しました。

 

あとは、将来孫から「若い時だけじゃなくて老後の人生も悪くないな」って思ってもらえるようなおばあちゃんになりたいです。

 

今まで抱いていた理想は完全に自分のおばあちゃんの影響です。身近な存在の人の影響って大きいものなんだなと実感します。就職活動をしている時に、友達とどういう働き方をしていきたいかっていう話を聞いていると両親の影響が大きい印象を受けました。小さい頃から見てきた両親の姿で無意識的に「大人になったら自分もこういう風になるんだろうな」と感じ、それが自分の中でのイメージとなっているんだと思います。

 

例えば、結婚・出産後も仕事をしているお母さんだと自分も将来は働き続けるイメージで、専業主婦をしているお母さんだと仕事をするのは結婚までって考えている傾向がありました。

 

老後の過ごし方の話に戻りますが、今持ってる理想は今回紹介したツイートに対する数々の返信の影響をがっつり受けてます。笑

家族や親戚だけでなくいろんな人の人生や価値観を聞くと、今まで見えていなかった選択肢が出てきて楽しいなって思います。

 

ここではごく一部だけリプを紹介しましたが、気になった方はぜひTwitterからチェックしてみてください。

 

最後に

後日吉藤さんがツイートしていたのがこちらです。

 

 

この50年で日本人の平均寿命は約10歳伸びています。長く生きられるそんな時代だからこそ、皆さんも理想の老後をこれを機に考えてみてはどうでしょうか?

 

どうせ長く生きるなら、人生の連続ログインボーナスで楽しく生きたいですよjね

 

では今日はこの辺で。

 

momoco 

人生の辛いことを乗り越えるための3つの思考法

こんにちは。momocoです

 

今回書く内容は、辛いことを乗り越えるための私なりの考え方についてです!心理学に基づいた思考法も中には含まれています。

 

この記事を読んでくださってる方の何かヒントになればというのが書こうと思ったきっかけです!あとは、最近人生で辛かったことランキング上位に入るぐらいの辛いことがあって悩んでいるので、自分で改めて意識するという意味でも書きたいと思います。

 

私自身悩みを抱え込みやすい性格なのですが、この思考法でだいぶ生きやすくなった気がします。性格や価値観はなかなか変わらないですが、思考法というのは意識さえすれば自分自身で変えることができます。

 

今回は大きく3つのことに分けて順番に書いて生きます。全員が全員に当てはまるわけではないので「なるほど、こういう考え方もあるなあ~」程度に見てもらえたらと思います!

 

目次

人生を乗り越えるための3つの思考法

 

1つめ:課題の分離

 

これは、アドラー心理学に基づいて書かれた「嫌われる勇気」(2013)で取り上げられている考え方です。

 

簡単に言うと、悩みや問題が「誰の課題なのか?」と言う点から、自分の課題と他者の課題に分離する、ということです。

 

私はかつて何回も同じごとをぐるぐる考えて悩みまくってしんどくなるタイプでした。それは、自分には変えられないことについて延々と考えていたからです。

 

「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」ということわざがあります。このことわざが表すように、最終的に自分のことを変えれるのは自分だけで、他者ができることは限られています。

 

なので最近私はこの"他者の課題"に直面した時は、「しゃーない」と思って深く考えないようにし、じゃあそれ以外で自分ができることは?と思考の転換をするようにしてます。自分の可能性を否定するのは"悪い"「しゃーない」だと思うのですが、自分にはどうしようもないことを割り切るためなら"良い"「しゃーない」じゃないかなと思ってます。

 

2つ目:辛いこともいつかのネタ

 

昔の私はあまりこの考え方が好きじゃありませんでした。自分が真剣に悩んでいることを軽く思われているような気持ちになったからです。

 

1つ目に話した課題の分離のような考え方をするようになってから、変わりました。

辛いことが起こってしまったことはもう変えられない事実だし(=つまり自分の課題ではない)、それをどう捉えるか自分次第だなと思うようになりました。(=自分の課題)

 

それなら、いつまでも自分にはこんな不幸が起こったと悩むより、次友達と会った時や飲み会のネタがまた増えたな、って思う方が人生楽しいな、と。

 

昔を振り返った時、当時はすごく悩んでいたことでも今から思えばそうでもないことってありませんか?

 

例えば、私は昔から(今でも)食べるのが遅く、小学生の頃給食後の皆が掃除をしている時に私はひとり後ろに寄せられた机のひとつに座って給食を食べてました。当時はそれがすごく嫌で恥ずかしいと思ってたんですが、今になってはそんなこともあったなあって思い出でもあり笑い話でもあります

 

3つ目:逆を考える

 

辛い時は目の前の「辛いこと」に考えが集中してしまい、ネガティブな思考になりがちです。「なんで自分がこんな辛い思いをしなければ」と。

 

そこで、もしもその出来事がなかったら、と視点を変えて考えてみます。

 

想像して今と比較した時、その出来事を経験していない人よりも得られた経験、スキル、成長があるんじゃないかと思います。

例えば、辛いことも乗り越えられるだけの忍耐力が上がった、セルフコントロールがうまくなった、とか。あとは傷ついた分人の優しさのありがたみを実感したり、人に優しくなれたり。

 

わかりにくい点もあるかもしれないので、私の過去の辛かった経験を具体的に1つ挙げて、上記の3つの思考の転換について書こうとと思います。

 

高校生の頃、親友が私のかばんからお金を盗んでいるところを目撃してしまいました。翌日本人に聞いても知らないの一点張り。その後自白も謝罪もないままいつも通り笑顔で話しかけてくるだけだったので、距離を取るようにしました。すると、態度が急変し、事実でもないことや私の悪口を学校や塾で言いふらし始めました。当時はその子を信頼してたが故の裏切りのショックで、かなりの人間不信になりました

(幸い、周りの大人や友達はその子の発言を鵜呑みにせず、以前と変わらず私に接してくれたので高校生活は無事終えることはできました。)

 

この具体例を使って上記の3つの思考法に当てはめていきます。

①課題の分離

親友がお金を盗んだという事実やその子が反省して謝罪するかどうか=他人の課題

その子との今後の関係性=自分の課題

 

②辛いこともネタに

「実は高校時代に親友が自分のお金盗んでるところ目撃しちゃって衝撃的でした」って今では話のネタです。

(実際、今この瞬間も記事のネタにしちゃってますよね。笑)

 

③逆を考える

この出来事があったからこそ

一線を超えた行動は構築してきた信頼関係を一瞬で破壊してしまうこと、友達との信頼関係構築の重大性、今も良好な関係を築けている友達がいることの幸せ

に気づくことができました。

 

最後に

「幸せの文字が¥(お金)を含むのは何で何でしょうか。

一つ線を抜けば辛さになるのはわざとなんでしょうか。」

 

私がよく聴くヨルシカさんのヒッチコックという曲の中にこういう歌詞があります。

 

辛さと幸せは対極にあるようで、もしかしたら考え方次第では紙一重であったりするのかもしれません。

 

本当に辛い時は、人に相談して甘えて、泣きまくっていいと思います!

そしてそのあとは思考の転換で辛いことも乗り越えて一度きりの人生楽しく生きましょう。

(一部、以前の泣き虫の記事参照)

  

参考になれば嬉しいです。

 

では、この辺で。

献血に行ってきました。

こんにちは!momocoです。

先日人生で初めての献血をしてきました。

 

高校生の頃までは献血に対して特に強い関心はなく、「困っている人の為になる良いこと」というイメージだけでした。今回はそんな私が献血をするまでの経緯と実際してみた感想について書いていきたいと思います。

 

目次

 

献血に対する考えの変化

 

考えが変わったきっかけは2つありました。

1つ目は大学1回生の頃に出会った友達です。所属していた部活動のイベントで、他の部活動との合同合宿に参加しました。そこで、学内の献血を推進する団体に所属している同い年の子と友達になりました。

 

団体に入ったきっかけが気になって聞いてみると、「事情があって自分は献血ができないからこそ、他の人に献血を呼びかける活動を通して貢献したいと思ったから。」というのがその子から返ってきた答えでした。

自分と同じ大学で同じ年という身近な存在の子が強い意志を持って行動し、貢献しようとしてる姿を目の前にして、心に刺さるものがありました。

 

献血は良いことだとわかっていながらもなかなか行動に移さない人が大多数だと思います。自分もまたその大多数の中のひとりであることを自覚させられ、恵まれた健康的な体を持っていながらも献血をしないことが初めて恥ずかしくなりました。

 

もう一つは、私の周りに献血に行く友達が多かったことです。

その友達にとっては健康なら献血をすることはもはや当たり前になっていて、「なんで行かないの〜?」と聞かることが何度もありました。

 

その度に、人にちゃんと説明できるような「行かない」理由がないことに気づきました。

(強いて言うなら、小さい頃から注射が苦手なことくらい。笑)

 

献血が良いことなのはわかるけど、んーなんか痛そうやし...」って思ってる自分と比べて、人のためになる献血に参加することを当たり前と捉えて行動にも移せている友達は純粋にかっこいいと思いました。

 

この2つのきっかけから「まずは行動してみるのみ!」と思い、献血に行きました。

 

少し余談になりますが...

今回記事を書くにあたって、献血をするきっかけになったことを振り返ったのですが、「人・環境は自分に強く影響を与えるものだ」というのは本当にその通りだなと思いました!

献血をするまでの流れ

私は駅の近くでたまたま献血カーを見かけて、そこで献血をしました。

 

1.まず受付をします。

 

名前や住所の登録、海外渡航の経験や服用している薬、注意事項の確認などをされます。受付後の待ち時間は、温かい飲み物をくださったので、体を冷やさないようにそれを飲んで待ってました。

 

2.次に、問診です。

 

血圧や体温を測ったり、血管を確認してもらったりします。指先からほんの少しだけ採血して血液型の確認をされます。13時頃だったのですが、私はお昼ご飯がまだだったので、クッキーをもらい、献血するまでに食べておくように指示されました。

 

3.ついに献血カーの中に入り、献血をします。

 

400ml献血ではだいたい10分くらいでした。すぐ近くにずっと看護師さんがいらっしゃり、体調の変化がないかこまめに声をかけてくださります。私は献血が初めてだったので不安もありましたが、安心できる環境でした。

 

4.最後に、献血カーを出て15分ほど休憩します。

 

400mlの血を一気に抜いた後は、気分が悪くなる場合もあるみたいなので少し休憩をします。15分休憩をした後でも、体調の悪化や貧血の可能性があるみたいなので、その時はすぐにしゃがむか献血センターへの連絡をするように説明を受けました。(ホームなどは特に要注意です。)

 

私は献血のお礼にと、シャーペン2本、アルコールウェットシート、ティッシュペーパー5箱セットをいただいて帰りました。

 

実際に献血をしてみた感想

注射が苦手な人間として言うと、言うほどそんなに痛くなかったです。インフルエンザの予防接種の方が痛かった印象。

私は献血をした当日と翌日くらいは頭がぼーっとすることがありましたが、私の場合は特に体調が悪化することはありませんでした。あと献血から帰ってきた数日間は、意識的にたくさん水を飲むようにしました。

 

あと、本来の目的とは違うのですが、VIP待遇みたいにされるのが個人的には非日常的で楽しかったです。笑

 

実は、私は勇気を出して受付まで行っても、献血ができない時が2回ありました。

(1回目は低血圧すぎと言われ、2回目は血管に元気がないと言われました。笑)

この献血ができなかった2回も今回も、とても良くしてくださいました。温かい飲み物やお菓子、カイロ(場所と季節によるとは思いますが)をいただけて、体を冷やさないようにと気遣ってくださりました。

 

行ってから帰るまで「献血してくださってありがとうございます!」とその場の方々に言っていただけるのは、誰かのために良いことができたと言うことを実感できて嬉しかったです。

 

最後に

漠然といいことだとわかっていても、実際は行動に移さないことってあると思います。

ちょっと視点を変えて、「やらない理由」を考えてみてください。

それが自分の中で明確にないのなら、一歩踏み出してやってみましょう!

 

また献血行ってきたいと思います!

 

では、この辺で

 

momoco

かつて泣き虫だったのに泣けなくなってた私が、また泣き虫になり始めている話。

こんにちは

 

突然ですが、皆さんは普段泣くことってどれくらいありますか?

 

この頃ふと思い出したのですが、私は昔かなりの泣き虫でした。嬉しくては泣き、

悲しくては泣き、悔しくては泣き、、笑

 

昔に比べると今は圧倒的に頻度が減りました。自分に起こった変化ってどんなんなんだろうとぼーっとひとりで考えたことを今回は書いていこうと思います。

 

目次

 

根は泣き虫の私が泣かなくなった(泣けなくなった)理由

その一:泣ける場所がなくなった

(物理的にも、心理的にも)

 

昔は家で、家族の前で泣いたり、自分の部屋でこっそり泣いたりしてました。

(自分の部屋で泣く時はばれないように、クッションに顔うずめながらわんわん泣いてました。笑)

 

振り返ってみると私があまり泣かなくなったのは中学2年生頃。

母親が子育てやパートなど悩みを多く抱えるようになり、私がしっかりしないとという気持ちから少なくとも家族の前で泣くことは減りました。

 

そして3年程前から一人暮らしを始めました。実家にいるより身の回りのすべきことが多くなり、「泣いてる時間あったら、やることやらないと」っていう思考回路になってました。

 

その二:泣いた翌日に尋常じゃないくらいの目の腫れ

 

大学生になったくらいから自分でもびっくりするくらい目が腫れるようになりました。人相が変わるくらいです笑

 

「泣く 腫れる 対策」

とかよくネットで調べるんですけど私にはほぼ効果ありませんでした。笑

 

予定を入れてるのが好きなタイプなので、翌日人に会わない日があまりなくて、結果的に「泣いちゃだめだ」というブレーキが無意識にかかるようになりました。

 

その後

どれだけ友達や知り合いに相談をして吐き出したつもりでも、泣かないとどんどん自分の中にもやもやが溜まっていきます。

 

具体的には、ストレス性胃腸炎に慢性的になるようになりました。あと、泣こうと思ってるわけじゃないし、なんでかわからないけど、すっと目から涙が流れてくるってことが多くなりました。

 

泣かないというのは、私にとっては心理的にも身体的にも限界みたいです。笑

 

最近の私の涙事情

昔ほどではないですが、一人の時とか誰かに電話してる時とか、最近は泣くことも少し増えました。(というよりかは増やすようにしたの方が正しいかも?)

 

事前にもう泣かないと気持ちパンクするって自分で察した時は、人に会わない日を意図的に作ったりすることもあります。

 

泣いてる間って「なんで私が」とか「もういやだ」とかネガティブな思考にもなるし、いろんな感情と考えが頭の中を駆け巡って、心も体も疲れます。

 

でも、その後は自分の中で溜まってたものが流れて行って、前向きになれる気がします。

デトックスっていうやつでしょうか

 

「〇〇しないと」「〇〇しちゃだめだ」とか、

後ろ向きな考えに縛られ過ぎず、

人生前向きに生きていきたいもんです。

 

では、今日はこのへんで。

 

momoco